ふぃ〜、という感じで里に帰ってきたら優に三ヶ月過ぎてました。
どうやら要人暗殺と一括りで言ってしまえば簡単だったけど、まるまる一つの国家が揺らぐくらいの事件に発展してた所を終結さるための駒にされていたらしい。
そういう任務ならそう言ってよっ!
っあんた人になんて任務を一人でやらせてんだっ!このごうつくばばあめっ!!なんてことは口が裂けても言えないので、俺はぶっすりとしつつも火影の執務室へと向かった。
が、そこに火影はいなかった。また怪我人でも出て治療にあたってるのかな?
そこに丁度シズネがやってきた。どうやら資料を置きに来ただけのようで、俺に会釈するとすぐに執務室を出て行こうとした。俺は慌てて呼び止める。

「あ、ちょっとすみませんけど、火影様知りません?報告書の提出したいんですけど。」

「ああ、火影様なら春野サクラの修行につき合っておられますよ。私の弟弟子なんですよ。なかなか筋がいいんですよ〜。」

そう言ってシズネはにこにこと人好きのする笑顔で答えた。

「はぁ〜?弟子?サクラが?」

俺の部下だった気がするんたけど、何時の間にそんなことになっちゃったんだ?まあ、俺はここの所ずっといなかったけどさ。ちょっといじけちゃうよ?

「そうですか、じゃあナルトのお見舞いにでも行ってこようかな。」

報告書はまた時間をずらして提出することにしよう。折角修行している所を邪魔するのも可哀相だし。

「あ、ナルト君は自来也様と修行の旅に出られましたよ。帰って来るのは三年後だそうです。」

え、三年後っ!?ってそれこそちょっと一言言ってくれたっていいんじゃないの?あいつら俺のことちゃんと上司だって分かってるのかな?俺、ちょっと落ち込みそうよ?
俺は深く深くため息を吐いた。

「お疲れですか?あ、そうですよね、任務帰りなんですものね。お疲れ様でしたー!」

彼女の元気な声に少し救われつつも、俺の気分は上昇しなかった。まあ、肝心な時にいなかったしねぇ、見放されても仕方ないけどさぁ。
俺は渋々時間潰しのためにアカデミーの裏庭へとやってきた。アカデミーはもう再開されたのか、子どもたちの声が聞こえる。と、言うことはイルカも授業に出てるのかな?
だとしたら喜ばしいんだけどね。
子どもたちに囲まれて先生をしているイルカってのも好きだからね。
俺は木陰の下に座ると木の幹を背もたれにして目を閉じた。
ああ、そういや任務帰りでろくに休んでもいないんだ。シズネにお疲れ様でしたー、なんて言われても実感なかったけど、実際の所、やっぱり疲れていたんだろうなあ。
木々の葉の間からの木漏れ日や、さやさやとした風が奏でる木の葉の音が心地良い。
なんとはなしにまどろんでいく意識の中で、瞼の裏側に映る人物が微笑んでいるような気がした。
イルカが、俺に向かってカカシ、と昔のように呼んでくれている。懐かしい呼び名だった。
もう二度と聞けないのだろうとは分かっていても、望んでしまうんだなあ。浅ましいったらありゃしない。
俺はとうとう、睡魔に勝てずにその場で眠ってしまった。報告書は、もうしばらく後になってもいいですか?火影様。いいですよね。そう頭の中で自分に言い訳した。

 

次に起きた時、日はすっかり傾いていた。まだ夕暮れ時までは時間があるようだが、すぐに暗くなってしまうだろう。
俺は立ち上がると、さっさと報告書を提出するために再び火影の執務室へと向かった。
今度はちゃんと火影がいた。報告書を手渡すとごくろうだったね、と一言言って俺をじっと見つめた。
なんだ?何か言いたげだな、この人。あ、サクラのことかな。

「サクラが弟子入りしたそうで。」

「ああ、なかなか筋が良い。お前の言っていた通り、頭もいいし根性もある。大切なものがあるんだろうね。」

そうか、サクラもただ、何の考えも無しに火影様に弟子入りしたってわけじゃないんだな。それだけ聞いて安心したよ、サクラ。
きっとナルトも、3年後には成長して戻ってくるのだろう、体も、心も。
俺ももっともっと鍛えないとね。今は里の復興の方に力を注いでいるけれど、もう少し落ち着いて自分の時間が持てるようになったら、新技でも考えてみようか。もう二度とイタチなぞに負けたくもないし。

「カカシ。」

「はい?」

「お前に3日の有給を言い渡す。」

「はぁ〜?」

突然の火影の言葉に思わずぽかんと大口を開けてしまった。今までどんなに過酷に働こうと、怪我でへーこら言ってた時だって休みなんかくれなかったくせに、一体どういうつもりだ?何か罠があるのか?まさか五代目に限って大蛇丸に操られているなんてことはないだろうし。

「おい、カカシ。何を一人で悶々と考え込んでるんだい。あたしが折角休みをやろうって言ってんのにお前はその申し出を無下にするつもりかい?いらないんならいいよ、取り消して今度は2年くらい遠征にでも行ってもらおうか。」

と、とんでもないっ!

「ありがたく頂戴いたします。では失礼します。」

俺はさっさと執務室から出て行った。さすが火影だ。三代目に負けず劣らず恐ろしい方だ。
が、急に休みをもらっても何をするでもなし。武器の手入れでもしてようか。あとは新しい巻物を補充して忍犬たちのシャンプーもしてやろうかな。でもそれだったら一日で終わっちゃいそうだなあ。
俺は火影邸から出て、自宅への道をてくてくと歩き出した。
あたりはすっかり夕焼けに染まりつつある。とりあえず今日の晩飯はどこで食べようかね。アスマの家にでも行ってタダ飯食ってこようかな。しばらく顔も見てないし。
ふと、道端の草むらの間から黄色い蝶々がひらひらと飛んできた。この季節には珍しい。
いや、これは式だ。
俺以外にもこんな古式の形を使う奴がいるのかあ、なんて悠長に考えていたら、その式は俺の肩に止まった。
え、と思っていると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

“今日、飯食いに来い”

「え?」

思わず声に出してしまった。蝶々の式はもう淡い光となって消えてしまっている。
俺はその場で呆然とした。
からかわれている、のかな?でも、声の主は正真正銘、イルカの声だった。俺とイルカがこの方法で連絡し合っていたというのを知っているのは極限られた人々であるし、そいつらはいくらなんでもこんなたちの悪い冗談はやらない。
じゃあ、本物なのか?でも、どうやって?イルカにこの式の作り方、教えたことないんだけど。
いや、そんなことはどうでもいい。
俺は走り出した。瞬身を使ってもよかったが。心の中を整理する時間が欲しかった。訳の分からない期待感と、そしてやっぱりイタズラかなんじゃないのかと言う絶望感が入り交じって気持ち悪い。
だが、どちらにしろ確認をしなければならない。
俺の望むべき未来がそこにあるのかどうか。
俺のことを好きになってほしいとか、そんなこともう言わないから、だから、お願いだから俺のことを思い出したと、そう言ってほしい。俺のことを、昔のようにカカシと呼び捨ててほしい。中忍も上忍もない。だって俺たちはずっとずっと一緒にやってきたんだから。
とうとうイルカの家の前まてやってきた。何かいい匂いがした。イルカの作る料理はなんだっておいしいから、俺はいつも食べすぎちゃって、でも、全然そんなの問題じゃなくて。
俺は、震える手をなんとか治まらせると、ドアをノックした。

「はーい、」

と言ってドアが開かれる。目前に立っているイルカはやっぱりいつも通りで、にかっと人好きのする笑顔を浮かべて言った。

「よう、任務ごくろうさん。ま、上がれよカカシ。」

俺は深く息を吐き出した。呼吸さえしていなかったのだと改めて気が付いた。それ程期待して、緊張して、望んでた。
俺は顔を上げて額宛ても口布も取り払った。

「ただいま、イルカ。」

そう言って俺は家に上がった。
卓袱台の上にはさんまの塩焼きとなすのみそ汁が置いてあった。他にも沢山色んな種類のおかずが置いてあって、俺の好物ばっかりだった。あーあ、まったく、こんなに俺を甘やかしたって知らないよ?

「冷めないうちに食うぞ。さっさと座れ。」

言われて俺は卓袱台の前に座った。そしてイルカも座るといただきます、と手を合わせる。
一体何ヶ月ぶりだろう、こうやって、本当にイルカと気兼ねなく食事をするのは。
俺は黙々と飯を口に運んだ。よく味わって、咀嚼した。時折イルカの方に視線を向けて、同じようにがつがつと男らしく飯を口に運んでいるイルカを見て、思わず笑みが零れてしまう。
ああ、どうしよう、どうすればいいだろう、こんな幸福があっていいんだろうか?俺はもうこれだけで生きていける。もう、何も望んだりしない。これ以上の幸福なんて考えられない。このまま、何も変わらずにずっとイルカと過ごしていければいい。
食事も終わって、二人してお茶を飲みつつ一段落していると、イルカが俺の真横に座っていきなり土下座した。
は?え?なにやってんのイルカっ!!

「あの、イルカ?なにしてんの?」

「ごめん、カカシ。俺、ずっとお前のこと忘れてて、」

「あ〜、うん、いいんだ。俺が悪かったんだし。こうやってまたイルカが俺との記憶を取り戻してくれただけで俺は本当に嬉しいから。願わくばまた友達に戻ってこうやってご飯、食べさせてもらえれば嬉しいんだけど。」

イルカは顔を上げて俺を睨み付けた。

「お前はそれでいいのかよっ。」

えーと、そう言われても。って言うかなんで怒ってんの?何か怒らせるようなことしたっけなあ?だめだ、思い浮かばない。結構長い間一緒にいたのに、やっぱり違う人間だから考えていることだって全部がお見通しなんてことはありえない。
折角記憶が戻ってうまい飯も食って、全てが順調だったのに、俺、また何かしでかしたのかなあ?
俺は少ししょんぼりとしつつも、イルカの様子をうかがうことにした。